大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島高等裁判所 昭和41年(ネ)279号 判決

控訴人(被申請人) 日本電信電話公社

訴訟代理人 山田二郎 外五名

被控訴人(申請人) 阿部幸作

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の申請を却下する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張ならびに証拠関係は、左記に付加補正するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

(控訴代理人の主張)

一、本件被保全権利の存在しないことについて。

(一)  本件休職処分は、公社法三二条一項二号、就業規則五二条一項二号、協約一条四号に基づいてなされたものであるが、右各根拠法条の規定する刑事休職制度は、控訴人公社が昭和二七年八月一日公社法の施行により発足する以前の沿革や、また、その営む業務内容の公共性等に照らし、国家公務員の場合と同様であるべく、控訴人公社は、対外的信用の保持と職場秩序の維持を目的とする右制度の趣旨に則り、本件の場合は所定の要件を具備し、かつ、例外的措置を講ずべき場合にあたらないと判断して、被控訴人主張の処分をなしたものである。

(二)  協約二条但書によれば、公社は、刑事休職につき、事案が軽微であり、かつ、その情状がとくに軽い場合に限り、休職発令をしないことができる旨を定めている。したがつて、具体的事例が右但書の定めるところにあたるか否かの判断は、公社の裁量の範囲に属し、その逸脱がない限り、公社の行う休職処分の違法ないし無効が問題となることはありえないものである。

そして右但書に言う事案が軽微であるか否かの判断につき、まず、依拠すべき基準は、社会的制裁としての法定刑の軽重であるとなすべきところ、本件起訴にかかる被控訴人の公務執行妨害および傷害罪の所為は、前者の法定刑が三年以下の懲役または禁錮、後者のそれが一〇年以下の懲役または二万五〇〇〇円以下の罰金もしくは科料と定められていて、それ自体決して軽微な犯罪と言えないのみならず、右所為の具体的内容をみると、被控訴人は警察官と知りながら、その頭部、顔面等を殴打し、足部を蹴りつけ、さらに長椅子の上に押し倒し、頭部、背部辺りを数回殴打し、よつて加療一〇日を要する傷害を与えたというのであるから、かかる事案を軽微であると目すべきでないことは明らかである。

以上のように本件事案が軽微でない以上、右犯罪行為の発生の動機とか、それが被控訴人の職務と無関係に行われたか否か、職場以外の場所で行われたか否か、さらには被控訴人の性格、平素の行状、被害の程度等情状に関する各事実につき、その軽重を論ずるまでもなく、例外的措置を講ずべきでないとして、なした本件処分には、なんら前記の裁量の範囲を逸脱したと目すべき点はない。

なお、懲戒処分と刑事休職処分とは、その内容および目的を異にするものであるから、本件の場合に、被控訴人の行為をめぐり、将来予想される懲戒処分と本件休職処分とを比較して、本件休職処分の効力を論ずるのは全く筋違いであると言わなければならない。

本件休職処分は適法であり、被控訴人主張の被保全権利は存在しないことが明らかである。

二、本件保全の必要性のないことについて。

(一)  控訴人公社は、本件休職処分にともない、爾来被控訴人に対して、就業規則九四条三項、協約五条三号により、同人の生活維持に必要な基本給、扶養手当、勤務地手当の各一〇〇分の六〇に相当する合計額を支給しているし、被控訴人の妻は、下関市内大丸百貨店に勤務して毎月約一万六〇〇〇円の給与を受けており、同居の両親もそれぞれ稼働して、被控訴人と大体同じような収入を得ており、家族は公社住宅に毎月六九九円という低廉な使用料で居住しているのであるから、本件のごとき仮の地位を定める仮処分を求める保全の必要性はない。

(二)  仮りに、しからずとしても、前記支給額が被控訴人の生活を維持するに足りないという保全の必要性だけで、当然に本件休職処分自体の効力を停止する必要性もあると言うことはできない。

(被控訴代理人の主張)

一、控訴人公社の職員に対する刑事休職制度は、国家公務員の場合と同様に論ずべきではなく、公社のもつ企業的性格に鑑み、該制度の実質的な目的に則して、具体的場合に休職処分に付すべきか否かを判断するよう運用すべきものである。控訴人公社は、刑事休職制度の目的を公社の対外的信用の保持と職場秩序の維持等にあると主張するけれども、本件の場合、公社の業務内容したがつて被控訴人の職務とは全く無関係になされた所為が起訴されたことによつて、公社の対外的信用が傷つき、また、職場の秩序が乱れた事実は全くないのである。

二、協約二条但書にいわゆる事案の軽重は、当該犯罪行為の具体的内容を離れて、単に法定刑の軽重で決すべき事柄ではなく、また、情状の軽重も、公社の立場から言えば、その経営の維持、職員たる被控訴人の立場から言えば、その職務との関連性を問題にすることなしには論じえない筈である。そして本件事案の動機、被控訴人の性格、平素の行状等被控訴人主張の情状に関する事実のほか、その公社における地位が低く、かつ、前記のごとく事案がその職務と関連していない事実等諸般の情状に鑑みれば、本件休職処分は、これをなすべきでないのに、権限を濫用してなしたとの譏りを免れず、その無効であることは言をまたない。

三、次に、本件仮処分の保全の必要性について述べる。

被控訴人の両親は、控訴人公社の主張のごとく、被控訴人と同居していたが、昭和四二年一月一七日以降転居して、別世帯を営んでいるから、その収入を考慮すべきではなく、また、妻は、下関市大丸百貨店に勤務し、毎月手取り額約一万二〇〇〇円の収入を得ていたが、昭和四二年一月一〇日退職した。

したがつて、現在は、被控訴人の家族は公社から支給される給与のみで生計を維持しなければならない状況にあるが、被控訴人の家族は、本件休職発令後に出生した長女および長男を加え親子四名であつて、もし、本件仮処分が認められず、休職期間中の所定給与額のみで生活しなければならないものとすれば、働く労働者にとつてふさわしくない生活を強いられることになる。のみならず右給与額は、昭和三六年一二月一四日休職処分発令当時の給与額を基礎として算出されており、昭和四二年度下関市において被控訴人一家が生活保護法の適用を受けた場合の支給額よりも実質的に下まわるものである。その他被控訴人の休職期間が長期に及んでいること、本件休職処分が原因で被控訴人の負うにいたつた債務が六〇万円にも達していること等をも併せ考えれば、本件仮処分申請につき、民訴法七六〇条所定の保全の必要性があることは疑を入れない。

(立証省略)

理由

当事者間に争のない事実は、原判決理由中のこの点に関する説示と同様であるから、これを引用する。

そして、本件休職処分が、就業規則五二条一項二号のほか、控訴人主張の公社と被控訴人の属する全国電気通信労働組合との間に締結され、本件処分当時現に双方を拘束していた協約一条に基づいてなされたものであることは、被控訴人において明らかに争わないところ、右就業規則の条項は、公社法三二条の規定を受けて、公社の職員が刑事事件に関して起訴された場合等において、その意に反して休職処分をなしうる旨規定し、公社の側に、休職発令につき、裁量の権限を付与しているものと解せられるが、同時に、右協約二条但書は、これに対して、当該刑事事件の事案が軽微で、情状がとくに軽い場合には、この点を考慮して、右裁量の権限を行使すべき旨を規定している。

したがつて、本件休職処分が被控訴人主張のように無効であるか否かを判断するには、本件起訴にかかる刑事事件の事案が軽微であり、その情状がとくに軽いと目すべき場合に該当するか否か、そして公社の下関電報電話局長のこの点に関する判断に、もし誤謬があるとすれば、その誤謬がひいては本件処分を無効ならしめる程度に達しているか否かを審究しなければならない。

本件起訴罪名たる公務執行妨害罪および傷害罪の各法定刑が控訴人主張のとおりであることは公知の事実であるが、起訴事実の事案が軽微であるか否かは、かならずしもつねに法定刑の軽重によつてのみ評価さるべきではないと解すべきところ、成立に争のない疏甲第八号証によれば、本件起訴事実の内容は、控訴人主張のとおりであることが疏明され、この疏明事実からすれば、本件刑事事件の事案は、それ自体、決して被控訴人の主張するように軽微であると言うことはできない。

もつとも、前顕疏甲第八号証および弁論の全趣旨によれば、右犯罪が偶発的なものであつて、職場外で行われ、かつ、被控訴人の職務上の誠実性に対する評価とかかわりがない事実が疏明され、これらの疏明事実のほか、公社の業務が公共性を帯びているとはいえ、その職員が身分上の取り扱いにおいて、公務員と全く同じでなくてはならないとは言えないこと、さらには、休職処分が実質上不利益な処分であること等が窺えるけれども、これらをすべて考慮に入れても、控訴人公社の下関電報電話局長が、本件が情状のとくに軽い場合に該るとは認めないで、本件処分を発令すべきであるとした判断に、裁量権の逸脱があるとまで認めることはできない。

本件休職処分は、適法かつ有効であり、被控訴人主張の被保全権利は、ついにその疏明がないことに帰するから、爾余の判断をするまでもなく、本件申請は却下すべきものである。

よつて、これと結論を異にする原判決を取り消すこととし、民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 宮田信夫 辻川利正 裾分一立)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例